熊谷達也 「邂逅の森」ISBN:4163225706

熊谷達也がこの小説でいろいろと賞をとったのは本当に良かった。そして、あまりに内省的な人物が想像した世界に住むだけの小説たちに対して石鉄砲くらいのささやかな反撃になったのかもしれない。
この小説でも東北の村に住む男と女と家族。大自然とそこに住まう動物と神らとの交わり。そこまで描くための生身の男と彼が生きて翻弄された時代を正面から描かれている。マタギという生きものを殺すという仕事の意味。そしてその仕事を続けるための神へ対峙するということ。という行為もまた現代小説への警笛になっているのだろうか。いや、たぶんたかだか一小説にそんな力はないのだろう。そして、日本人のオスをリアルに描こうとするとどうしてもこの明治大正時代へ遡らざるをえないのは、昭和のいつのころからか、日本にはオオカミと同じようにオスも絶滅してしまったのかもしれない。それでも、彼が一人で熊の姿をしたものとの闘いと、そこからなおも歩き出そうとする姿は美しい。そして傷ついたクマと男がともに、それでも雪の山を歩いていこうとする力の源はなんだったのだろうと東京で考えながら、わたしは今日も会社に出かけるための定期を探している。