マイケル・チミノ 「ビッグ・ジェーン」ISBN:4789723070

一度でも、とてつもなく誰かを好きになると一生ついていってしまうわたしだけど、マイケル・チミノはどうしてしまったのだろう。映画「ディア・ハンター」「天国の門」の狂気と呼べるような人間描写はここには全くない。そして何度も引用されるドン・キホーテの一節は、登場人物というよりも彼自身の生き方とダブってしまう。
一人の男の夢が映画会社を潰したという事実から、たぶん彼自身も何かが潰されてしまい、本当の意味で彼は立ち直っていないのかもしれない。と、どう好意的に見ても「イヤー・オブ・ザ・ドラゴン」以降のチミノには、以前の面影が感じられなくてさびしかった。それでも、一度好きになってしまった人のことは忘れられないタチなので、彼の作品が忘れられたころに公開される度に映画館へ体と心を運んだ。そんな心の恋人マイケル・チミノの小説処女作というわけで飛びつきましたよ。そして何も見ないで彼の胸にとびつくも、次第に自分の思いもわからなく、彼自体がどういう人なのか分からなくなって不安になって夜な夜な生まれた地球を見上げる宇宙人の心境になった。物語は、モデルのような体の持ち主らしい美少女ビッグ・ジェーンがバイクにまたがう男と出会い、西へ西へと旅をするロード・ノベル。インディアンの砂漠、テキサスでロディオ、ハリウッドでスターへの夢、そして軍隊に入隊して中国で戦争に巻き込まれ。と、書くと波瀾万丈で面白い物語のようだけど。これがもう何が何だかわからないのだ。物語の中で何度も叫ぶように何をしたいのか。どこにいるのかわからない。というのは、主人公だけでなく、読む者も同じ境遇となる。そしてそれは書いているチミノの今の状況であるのだろうけど、それはもちろん彼だけの問題ではないのかもしれない。今は都会に住む人も飼い猫も、何をしたいのかどこにいるのか、わかっていないのだ。