ねこはしり

家に廊下なんてあっても仕方がない。歩くだけの空間って無駄だしょ。と思っていたのだけど猫が来て廊下があってよかったという猫の運動場と化している廊下の端にいるヤツと部屋の端にいて寝ころがりながら鈴木清剛の小説を読んでいるわたしと目が合った。相変わらず冷たい視線をこっちにあびせているヤツだ。あらゆる動物に対して吸引力がまったくないわたしだけど、ここで彼女がこっちに全速力で走ってきてくれればいいのにと願った。こっちへ走って来いと念じた。しかし紙のスプーンさえ曲げられないわたしの念力を嘲笑うような視線で後ろ足で自分の顎を掻く彼女だ。そこで三次元の動きに弱いというアイツの弱点をつく作戦に出て、本の栞紐をたらし、微妙に揺らす動きをすると俄然目を輝かすヤツ。さらに栞紐を出したり隠したりする動きを見せると、栞に向かって全速力で走ってくる。栞紐に飛びかかったところで、本を外すと猫の白い腹がわたしの顔の上に降ってきた。鼻がツンとして目が潤んだのは、猫の毛が鼻の中に入ったからだけではなかった。