おれはまだいきるから

父が入所している施設で、また不条理な台詞を一人語る父に適当に頷いていたら、次第に語気が荒くなり、涙を流されてしまった。側で自分の昼食を摂っていた介護士の方が隣に座って、頷きの見本をみせてくれた。自分の食事を摂りながらでも、それはそれは、魅力的な笑顔と見事な指を使って数多の「そうだねえ」を繰り出して、父親の関心が彼女の食事に方向転換をしてくれた。どうしてあんな魅力的な笑顔を作れるのか。しかもごはんを食べながら適当に。人はわかりあう必要はなくて、わかっているふりをするだけで十分なのだと勝手に学ぶ。
帰り際に、「俺は、なにか悪いことをしたからここにいるのか。」と悲しいことを言われるが、笑顔で「そうだよ」とやさしく言うと「そうだったのか」とわたしの声が聞こえていないくせに納得した顔をされる。
夜はアルツハイマーの特集をしたテレビ番組に知っている人が出ていた。芸能人の出演やその作り方はともかく、TBSのゴールデン枠で、アルツハイマーという病気の惨さが紹介されたのは嬉しかった。何人かの患者さんが言う「わたしは、なにも悪いことをしていないのに」という訴えにわたしの父を見る。誰かが言っていた、「わたしたちは、別々の世界で生きている」という言葉にもとても頷く。それでも、わかりあえない世界の言葉が繋がる奇跡の瞬間がある。ということも、わたしは知っている。そして、それは全ての人と人との間でも人と猫の間でも同じことが起きる。写真はこれでもいちおうVQ1005