ブリギットの晩餐

もちろんアフタヌーンを買うのは「臨死!!江古田ちゃん」を読むためだけ。しかし、9月号の沙村広明は、無限の住人最終章ではなくて、読み切り短編。そして、最初に読んだときは「ブラッドハーレーの馬車」的なあるいは無限の住人の解剖好きフェティッシュぶりと妹萌え漫画としか思えなかったのだけど。トイレの中でうんこしながら再読して、最後の3頁の美しさに激しくやられる。わたしの漫画史に永遠に残る奇跡の3頁。延々と説明するとこんな物語。
敗戦国、身より無し兄妹二人きり、路上に座り込んでいる兄は最後のビスケットを妹ブリギットにあげる。妹は半分だけ食べて兄に返そうとするが、兄は動かない。妹は兄が眠っているかと思いそのポケットに半分のビスケットを。。ってダメダメこんな説明していたら漫画より長くなってしまう。のでサクっと。妹は人身売買で金持ちに買われる。城で住むことになった妹は戦争で包帯だらけの男の世話をさせられる。そして、その戦争で手や顔の殆どを失っていた男には妹がいたが、彼女自身が結核でもあるが人間には見えなくなってしまった兄に近づかない。その妹の代役を勤めることが彼女の仕事だった。そして妹であると思っている包帯男との間に兄弟愛を作ることもできたのだが、実の妹が結核で死ぬとその妹の死を知った兄も自殺をしてしまう。するとブリギットは自ら申し出て自殺をした兄の隣で葬られることになる。「私の会うべき人は、多分もうこの世にはいませんし・・私はツヴァルトグリフ家の一員ではなかったけれどアルブレヒト様の妹ではあったでしょう?行ってあげないと・・偽り続けたせめてものお詫びに」と、そんな過剰な生と死の作り方が相変わらずの沙村広明らしいわねえ。というくらいが最初に読んだときに感じたくらいで、ここから続く最後の3頁の意味が最初に読んだときはわからなかったというか読んでもいなかったのかもしれない。
棺に入って遊んでいた少女のブリギット。その棺の蓋を取る少年はビスケットを分け与えた実の兄である。そして棺の隣にはブリギットよりも小さく健康な少年であるもう一人の兄。城で兄と妹役を演じた二人が並んでいた。兄「ブリギットお前イジメられたんじゃないだろうな?」妹「そんな事ないよ。美味しい物たくさん食べてすごく幸せだったよ!」と明るく話ながら林に向かって走り出す。ブリギットは新しい兄の手も握って「ほらお兄さま早く」と三人が走り出す先には平和な森と湖が見える。
と、この最後の3頁は、神の視線によるブリギットと実の兄と包帯の兄の死後の世界になっている。前半の人身売買や体中包帯男のエログロ瀬戸際のような鬱陶しい描写から嘘の兄妹愛の静かな描写。そして現実で死んでしまった3人の兄妹の関係が死後の無邪気な世界観の美しさが際立つ。二人の兄のために殉死をしたブリギットの死語の世界で呟く、「ああ、お腹いっぱいで眠い」という一言は、人間のもっとも幸せな瞬間の言葉なのかもしれない。路上の一つのビスケットわ分け与えるのでもなく、城の広大な部屋で食べる二人きりのフルコース料理でもなく、二人の兄と一緒に食べることができるブリギットの晩餐は永遠に続くのだろう。
しかし、その「ブリギットの晩餐」掲載の右頁に瀧波ユカリ先生の江古田ちゃんの来てはいけない方向にもまた涙ぐむことができる。そうそう。