SFが読みたい!2007年版も面白い であります

ここ数年はジェフリー・フォードの年なのかもしれない。日本での第一作「白い果実」はジェフリー・フォードの作品というよりも、山尾悠子が翻訳のようなリライトのような役割をしている。ということで、山尾悠子の文書を読みたいがために、手を取らせたところでこの美しく硬質な世界に魅せられる。そして、去年はそのジェフリー・フォードの作品と気づかずに「シャルビューク夫人の肖像」が面白かった。そもそも、この小説は純文学というよりミステリーともいえる奇妙だけど敷居の低さ。で、そういえば、白い果実と同じ作家だと気づかされたのは、前回の山尾悠子に断わられたのか、自粛したのか同じ役回りを貞奴にさせている「白い果実」の続編「記憶の書」を読んだから。そんなジェフリー・フォードのぷちブームにさらに村上春樹の「長いお別れ」出版間際で浮かれている早川文庫から何気なく出版された「ガラスのなかの少女 」。しかし本は人を呼ぶのか、何気なくおかれていても、そんな知らせも全く知らなくても、どういうわけか見つけ出してしまうのは因縁なのか。まだ前半の数十頁なのだけど、これはもうなんだかサラ・ウォーターズみたいな。
そして今月は飛浩隆ドストエフスキーを読み終わったあとに読んだ、エロ悲しい

エロ悲しい

エロ悲しい

に何にも劣らずにわたしをして大いに頷かせる。この装丁は村上春樹本と間違えて買われることを期待したのかしら。そして、「エロ悲しい」とは、もてない男のみが味わうことができる特権でもあることを確信。エロ悲しいって、なんて惨めですてきなのかしら。
と、唐突に、林由美香の新作はもうないのだと気づいたり。まったくエロ悲しいとは前後左右関係なく、市川春子の次回作が未だに読めないことにも猛烈に気づいてこころ悲しくなる。そしてタミフルはある種の大人にも危ないと思った。